【横浜FC vs 岡山】 ウォーミングアップコラム:天才肌のゲームメーカーでありキャプテン、佐藤謙介。いつか“ハマのバンディエラ”に——

2018年11月9日(金)


前節の大分戦の2日前。首位と勝点5差で迎える大一番を前に佐藤謙介(写真)を呼び止め、「良い感じに来てるんじゃない?」と問いかけた。するとキャプテンはとんでもないといったふうに「ぐふふ」と笑い、「良い感じじゃないですよ、やってるほうはキツいっすからね(笑)」と食ってかかるのだった。前任の寺田紳一(栃木)とはまた違う脱力感。どうも横浜FCはこの型の、天才肌のゲームメーカーにキャプテンを委ねるのが好きらしい。

浦和レッズユースから中央大学を経て、横浜FCでプロになって8年目。大学の同期には永木亮太(鹿島)がいる。2年後輩の今井智基(松本)は、「あの人は天才だった」と振り返る。「もうめちゃめちゃ上手くて。練習のとき、キーパーと1対1になってループシュート決めたんですけど、打った瞬間、ボールがゴールに入る前に振り向いて笑ったんですよ。天才ってこういう人だなと思いました(笑)」

プロ1年目の背番号は23。当時の写真を見ると、もちろん今とそう変わらないが、子供のころから「めちゃめちゃ上手かった」んだろうなと思わせるいたずら小僧感が漂う。初スタメンの試合で相手のシュートを避けたことから失点し、当時の岸野靖之監督に「ハーフタイム中ずっと怒られていた」というのも、いかにもありそうな話に思える。それでも32試合に出場し、J1昇格プレーオフ出場に貢献。翌年から背番号8が与えられた。

本来は攻撃的MFだが、横浜FCでの主戦場はボランチに移った。視野の広さと創造性に加えて、チームのリズムを生み出し、ゲームをコントロールする力が彼にはあった。彼が横浜FCで特別な選手になったのは、2016年の夏のことだった。同じボランチの位置でチームの司令塔として君臨していた寺田紳一が肩を脱臼して戦列を離れ、佐藤がその役を担うことになった。それまで攻撃は寺田に任せてバランスを取る役目に徹していたが、攻守にダイナミックに『覚醒』としか言いようのない活躍を見せ、低迷していたチームがプレーオフ圏争いにまで上昇する原動力になった。

『覚醒』は翌年も続き、今も続いている。 『天才』とはどうしても『気まぐれ』だったりするもので、以前の彼も好不調の波のある選手だった。それが試合ごと、試合中も90分間、常に高く安定したパフォーマンスを発揮できている。周囲も「責任感が出てきた」と彼の変化を認める。2017年は4ゴールでキャリアハイを記録し、今季はすでに5ゴールを挙げた。5-3-1-1のアンカーポジション。守備では中盤の底を締め、鋭い読みで相手の攻撃を潰す。転じて攻撃では最終ラインまで下がってゲームを組み立て、チームのリズムを作り、ゴール前にも顔を出す。

一つ一つのプレーが効果的で無駄がなく、何よりゲームメーカーとして、常に相手の嫌がることを狙っている選手だ。対戦相手の目線で見れば彼のすごさが分かる。ここを突かれたら嫌だな、というところを見逃してくれない。そこに絶妙のタイミング、スピードのパスを出してくる。「自分たちでリズムを作ることと同時に、相手のリズムが壊れることでウチのリズムができるというのも頭にある。それはイバやレアンドロとプレーするようになって、より意識するようになった」という。

その能力はJ2屈指であり、年齢も考えればすでにJ1でプレーしているべき選手だ。事実、2年前のオフにはJ1からの話もあり、本人も相当悩んだ。特に彼を駆り立てたのは、大学時代の盟友である永木の存在だった。湘南から移籍した永木はその年、鹿島で2冠に貢献し、クラブワールドカップ決勝ではレアル・マドリードと戦っている。その姿に刺激を受けないはずはない。それでも横浜FCに残った理由が、愛なのか何なのか。本人は「愛ですよ、愛」と言い、照れ隠しかいつものように「ぐふふ」と笑っていた。

横浜FCとともにJ1昇格と覚悟を決めた昨季、名実ともにチームの中心としてキャプテンにも就任した。以前から「俺、生え抜きでこんなに試合も出てるのに、チームのポスターにしてもらえないんですよ(笑)」と口を尖らせていたが、その願いも叶えられた。チームは序盤から一時は首位に立ったが、最後はプレーオフ出場も逃して10位で終えた。「その悔しい思いがあったからこそ、今年は一つ一つの試合の重みが分かっていた」。そして今年、ともかく残り2試合、他力ではあるが連勝すればJ1自動昇格が見えるところまで、佐藤謙介はチームを引っ張ってきた。この状況で「ここまで来たらね、もう気楽にやりますよ」と相変わらず緊張感なく笑うのである。

しかしこの岡山戦はホーム最終節であり、彼はキャプテンとして試合後に挨拶をしなければならない。寺田もそうだったが、こういう天才肌の男は人前でしゃべるのが苦手であり、そのくせスピーチを前もって準備するということもしない。「だからとにかく勝つしかないんですよ。勝てば『次も応援に来てください』くらいで終われるでしょ(笑)」。それも悪くない。彼が切実に勝たなければならない理由が一つ増えるというのは。

ただでさえ昨季プレーオフ進出の望みが絶たれたのはホーム最終節、相手は奇しくも同じ岡山だった。アディショナルタイムに被弾したショックが冷めない中、彼はサポーターの前にマイクを握って立ち、「こういう締めくくりで悔しい。また来年、1人でも多くの方が僕たちと一緒にJ1昇格を目指して戦ってくれることを強く願っています」と声を振り絞った。

移籍に揺れた2年前のオフを振り返って、彼はこうも言った。「自分の選択が間違っていなかったということを証明したい」と。一つ夢想する。自動昇格でもプレーオフでも横浜FCがJ1に昇格し、そのままJ1に定着していくのなら、横浜FCにおける佐藤謙介は、彼にとって中央大の偉大な先輩、川崎Fにおける中村憲剛のような存在になっていくのだろう。ハマのバンディエラ——、何となく語呂も良い。「それが理想ですよね。このチームにずっといて、給料もどんどん上がって(笑)」。そう言って「ぐふふ」と笑い、天才は自らの運命を決める戦いに挑んでいく。

文:芥川和久(横浜FC担当)


明治安田生命J2リーグ 第41節
11月10日(土)14:00KO ニッパツ
横浜FC vs ファジアーノ岡山
ニッパツ三ツ沢球技場(横浜FC)
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